Cry for the Moon

哀しがりの黒猫のひとりごと。

夢の中の温かい手

夢の中にチェシャが出てきた。

優しかった。

本当に優しくて、優しすぎて

夢の中で泣いていた。

 

なぜかきみは少女漫画にはまっていて

相変わらずよく分からない人で

でも、倒れた私をずっと介抱してくれたり

手を引いて帰り道を歩いてくれた。

 

触れてくれた手が温かくて

何もかも全部あの頃のままで

見た目も20歳くらいの、私の好きなきみのままで

懐かしくて堪らなかった。

 

私は起業したあとで、

きみに胸を張って仕事の話をした。

きみは笑って聞いてくれた。

頑張ってるんだねって、誉めてくれて

俺も頑張らなきゃな、っていつも通りに返してくれた。

 

一緒に帰るんだと思っていたけれど、

どこかの待合室、

彼が目の前に来て、私の両頬を手で包み込んで

「きみは、東京に帰るんだよ」って

泣く前みたいな、でも優しく微笑んで

しっかりと目を合わせて言った。

頬に触れられているから、首を横に振ることができなくて

ただ、涙が溢れてきて

言葉が喉につっかえて、答えられなかった。

 

きみともっと居たいとか、

きみはどこに行くの?とか

想いもなにも伝えられなくて

でも、きみの目をあんなに近くで見られたから

きみが私に帰ることを望んでいるのを知ったから

ただ、うん、と頷いた。

 

夢から覚めた。

いつもの自宅で、いつもどおりの朝だった。

 

きみの夢を見たよって、

チェシャに連絡してしまいそうになったけれど

夢の中のチェシャが、

私が今の生活に戻れるように送り出してくれたのが

何かの暗示のような気もしていて、

だからきっと、何も言わないんだろう。

 

チェシャの目も、声も、体温も

全部全部忘れたつもりだったのに

夢の中では鮮やかだった。

 

鮮やかすぎて、本当にあったことみたいに

錯覚してしまう。

 

恋心はとっくになくなったけれど、

たった1度の夢で、こんなにも心が揺れるなんて

悔しくて、本当のきみには知られたくないな。

 

ああ、これはただの夢の話。

 

=遊兎=